デイリーニュース

  • 2年間の移送禁止法案投票を前にグアンタナモ囚人移送を急ぐ国防総省

    ワシントンポスト紙によれば、米議会が今後の囚人移送の妨害することでオバマ大統領によるグアンタナモ米軍収容施設の閉鎖計画を頓挫させようしているのに先駆け、米国防総省は5月に同収容施設からの数十人の囚人移送をさらに迅速化するつもりだといいます。手始めとして、おそらく6月に10人の囚人を国外に移動する計画を立てています。最終的に国防総省は移送許可の出ている57人の囚人を2015年末までに移すこととを目指しています。本日は、新たな法律により施設閉鎖がほぼ不可能になるだろうと話すアメリカ自由人権協会の副法務部長のジャミール・ジャファーに話を聞きます。

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    2015/4/24(Fri)
    記事番号: 
    2
  • 無人機攻撃による人質死亡でオバマ大統領謝罪 米国は誰を殺しているか知っているのか 

    パキスタンでの米国無人機による攻撃でがアルカイダの人質2人が誤って殺害されたと伝えられています。ホワイトハウスは、米政府の契約業者ウォーレン・ワインスタインとイタリア人の援助活動家ジョバンニ・ロポルが、1月にアフガニスタンとパキスタンの国境地帯で死亡したと発表しました。23日、オバマ大統領はこの失敗した作戦の「全責任」は自分にあるとし、今回のことは非常に遺憾な痛ましい損失であると表現しました。ホワイトハウスによると、この作戦により米国人アルカイダ指導者のアハマド・ファルークも殺害したと伝えられています。別の攻撃では別の米国人アルカイダメンバーのアダム・ガダーンも死亡したとしています。何百時間もの監視にも関わらず、ホワイトハウスはこの攻撃中に米国人とイタリア人の人質らがアルカイダの収容所に拘束されていたと信じるのに十分な根拠は何もなかったとしています。アメリカ自由人権協会(ACLU)の副法務部長のジャミール・ジャファーは「どちらの攻撃でも実際に誰を殺しているか政府は知らなかったのです。昨日の発表によって、これらの攻撃を政府が統制している規制を問題視する理由がさらに増えました」とい言います。イエメンで起きた米国無人機攻撃による一般市民殺害を記録した新たな報告が発表された直後にこの作戦失敗が発覚しました。

    dailynews date: 
    2015/4/24(Fri)
    記事番号: 
    1
  • 米支援のサウジによるイエメン戦争、終息の兆しなく 赤十字は「悲惨な」人道的危機と呼ぶ

    「決意の嵐」(Decisive Storm)と呼ばれる軍事作戦は終了したというサウジアラビア政府の主張にもかかわらず、同国主導の連合国戦闘機は23日、イエメンの都市エイデンとイブを空爆しました。サウジアラビアおよびアラブ9カ国の同盟国は3月25日、イエメンへの空爆を開始しました。この空爆で米国は情報提供と後方支援を行い、湾岸同盟諸国への新たな兵器販売を加速させました。今週はじめ、米国は新たに軍艦2隻をイエメン沿岸に配置しました。空爆は、2014年にフーシ(シーア派反政府組織)が首都サヌアを占拠し、アブド・ラッボ・マンスール・ハディー大統領を追放したことではじまりました。4月22日、赤十字国際委員会は、イエメンは「悲惨な」人道的危機状態にあると発表しています。ラトガース大学准教授(歴史学)で、中東研究センター主任のトビー・ジョーンズに話を聞きます。

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    2015/4/23(Thu)
    記事番号: 
    2
  • 「走る黒人は取り締まれ」:ボルチモア警察勾留中の黒人男性死亡、抗議デモが拡大

    ボルチモアでのフレディ・グレイ死亡事件に対するデモが5日目に入りました。27歳のアフリカ系アメリカ人男性のグレイは、ボルチモア警察に逮捕された1週間後の4月19日、脊髄損傷が原因で亡くなりました。遺族と弁護士によれば、グレイは喉頭を潰され、脊髄が「首の所で8割切断されていた」と言います。予備的検視報告書では、グレイの死因は脊髄損傷とされていました。目撃者が撮影したビデオには、苦しみに叫んでいるらしきグレイを、警察が引きずりながら輸送車に連れていく様子が映されていました。別の目撃者は、警察はグレイをプレッツェルのように折り曲げた、と証言しています。警察労働組合は、抗議に集まった人々をリンチに走りそうな集団と呼びましたが、元ブラックパンサーのエディ・コンウェイは、リンチされたのはグレイの方だと主張します。「リンチに集まった集団は確かにいました。死体も残っている。裁判も、陪審も、判決もなしに人が死んだ。死刑が行われたのです。これこそリンチというものです」とコンウェイは言います。「彼ら(警察)は、悪かったのは被害者の方だと主張しています。彼らは、リンチされた人々の方が抗議するのを悪と呼ぶのです」

    dailynews date: 
    2015/4/23(Thu)
    記事番号: 
    1
  • 「あと何人いるのか?」 2014年だけでも世界で116人の環境擁護者の殺害された 多数が中南米で

    「アースデイ」特集を続けます。近年、環境活動家の殺害事件が増加し、最大の被害を受けているのは先住民コミュニティです。環境団体「グローバル・ウィットネス」による新しい報告書によると、2014年には、少なくとも116人の環境活動家が殺害されたということです。1週間に2人以上が殺されたことになります。そのうち4分の3は、中南米で起きました。ごく最近もホンジュラス北部での鉱山開発に反対する抗議のさなかに先住民トルパン族の指導者3人が銃殺され、ホンジュラスは、環境活動家にとってもっとも危険な国になっています。「グローバル・ウィットネス」の活動家で新報告書 How Many More? (『あと何人くらいいるのか?』)の作成者でもあるビリー・カイトに話を聞きます。

    dailynews date: 
    2015/4/22(Wed)
    記事番号: 
    4
  • 「アースデイ」特集: ダム・プロジェクトに反対して闘ったビルマの写真家 ゴールドマン環境賞を受賞

    次は、2015年「ゴールドマン環境賞」のアジア地区の受賞者ミント・ゾーに話を聞きます。ゾーはビルマのジャーナリスト兼活動家で写真とアートを用いてイラワジ川のダム建設に対する抗議活動を組織しました。このダムが建設されていたら、先住民1万8000人が立ち退きを余儀なくされ、さらに数百万人に影響が及ぶおそれがありました。

    dailynews date: 
    2015/4/22(Wed)
    記事番号: 
    3
  • ケニアの母親 鉛汚染反対運動でゴールドマン環境賞を受賞 母乳で子供が病気になったことがきっかけ

    「アースデイ」が45回目を迎えた今年、世界で最も権威ある環境賞で、環境分野のノーベル賞とも言われる「ゴールドマン環境賞」の2015年アフリカ地区受賞者となった、ケニアの活動家フィリス・オミドに話を聞きます。オミドは、ケニアのモンバサで住民を有毒化学物質に汚染させていた鉛工場を閉鎖させる抗議活動を組織しました。息子も鉛中毒の被害者のひとりでした。オミドは、「正義ガバナンスと環境行動センター(Center for Justice Governance and Environmental Action)」の創設者です。

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    2015/4/22(Wed)
    記事番号: 
    2
  • 「命と自由を賭けるに値するリスク」:米国会議事堂の庭先にジャイロコプターで着陸した選挙改革活動家

    先週15日に、郵便配達人ダグ・ヒューズは、ジャイロコプターと呼ばれる超軽量動力飛行機で、米国の国会議事堂の緑地に着陸するという市民的不服従行動を実践し、全米のトップニュースになりました。着陸した時、ヒューズは各連邦議員に宛て、政治腐敗を正し、選挙資金改革を行うよう促す手紙を持っていました。その手紙は、現国務長官であるジョン・ケリーの上院議員としての最後の演説から引用されたもので、「果てることのないカネの追及は、我が国の民主主義自体を盗むことになりかねない」という言葉で始まります。ダグ・ヒューズは、ナショナル・モールと呼ばれる公園の国会議事堂近くに直陸後、逮捕され、国防飛行禁止区域への侵入、および未登録航空機を操縦した罪で、最高4年間の禁固刑を科される可能性があります。ダグ・ヒューズは、現在、自宅監禁中で、GPSモニターの着用を強制されていますが、選挙資金改革の必要についての発言を続ける決意を固めています。

    dailynews date: 
    2015/4/22(Wed)
    記事番号: 
    1
  • すべてのプエルトリコ人との戦争:米国によるぺドロ・アルビス・カンポスと国民党弾圧の裏側

    多くの人々にはドン・ペドロとして知られた、国民党の元党首で、プエルトリコ独立運動の指導者ペドロ・アルビス・カンポスの死後50周年を記念する式典が4月21日に行われています。アルビス・カンポスは米国の植民地支配への反対運動を組織したために、約26年間を獄中で過ごしました。彼は米国がプエルトリコを占領する7年前の1891年に生まれました。彼はプエルトリコ人で初めて、ハーバード・ロー・スクールを卒業しました。プエルトリコに戻ると、彼は残りの人生を独立運動に捧げることを決心し、1930年にプエルトリコ国民党の党首になりました。1965年に死去するまで、この地位に就いていました。アルビスは1936年、他の国民党の指導者らと共に、陰謀と治安妨害罪で投獄されました。彼が投獄されたことでプエルトリコ全土で抗議行動が行われました。パーム・サンデー(カトリックの枝の主日)の1937年3月21日、警察はアルビス・カンポスの投獄に抗議する平和的な行進の参加者らに発砲し、21人のプエルトリコ人が死亡、200人以上が負傷しました。この事件はポンセ虐殺として知られるようになりました。ようやく釈放されたものの、アルビス・カンポスは1950年に再び逮捕されました。10月30日に始まった国民党による反乱の数日後のことでした。ペドロ・アルビス・カンポスはその後の人生のほとんどを獄中で過ごしました。

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    2015/4/21(Tue)
    記事番号: 
    2
  • ギリシャ財務相ヤニス・バルファキス:緊縮という薬は効いていない 新療法が必要だ

    債務返済期限が迫る中、ギリシャの資金はまもなく底を尽きつつあります。同国はなんとか持ちこたえようと奮闘し、すべての国家機関に対し手元資金を同国の中央銀行であるギリシャ銀行に預けるよう命じました。ギリシャは欧州の債権団から救済資金の最後の分割払い金を受け取ることになっていますが、同国の新政権を担う、反緊縮を掲げる左派連合シリザ党は、その条件に懸念を示しています。債権団はギリシャに対し、労働市場の再編と年金の削減を行うよう圧力をかけていると報じられていますが、シリザ党はそれとは反対に、低賃金労働者への年金支給額を増加させました。ユーロ圏の財務相らは4月24日、ギリシャへの緊急資金を拠出するかどうかを決める予定です。この資金なしでは、ギリシャは数週間のうちにデフォルト(債務不履行)に陥いる可能性があり、ユーロ圏離脱の恐れもあります。アテネからギリシャの財務相ヤニス・バルファキスに話を聞きます。

    dailynews date: 
    2015/4/21(Tue)
    記事番号: 
    1

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