2011年第2巻(通巻20)アラブの春

 アラブ世界に巻き起こった民主化要求デモの嵐は、世界中に希望と勇気を与えました。西サハラから始まって、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンと、長期独裁政権が次々と倒れました。米国中心の中東支配体制を根底から民衆の力と、その先に立ちはだかる困難を考えます。

☆付属の対訳パンフレットは「アラブの時が来た」 (魔人はランプから解き放たれた)です(DVDの中にPDF版も入っています)。それぞれの動画の詳細は、画像をクリック。

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 アラブ世界では独裁体制に対する不満が長年鬱積しており、これまでは弾圧によって抗議運動を押さえつけてきました。それが押さえつけても止まらない勢いになったのは、2010年11月の西サハラの独立運動です。西サハラの知られざる歴史と現状を見ましょう。
 北アフリカの西端はサハラ人と呼ばれる遊牧民の土地でしたが、19世紀後半にスペイン植民地となりました。ようやく1975年にスペインが撤退すると、国連の勧告した住民投票による自己決定は行われず隣国のモロッコとモーリタニアに編入されてしまいました。サハラ人は「ポリサリオ戦線」を結成して抵抗し、1976年アルジェリアに逃れてサハラ・アラブ民主共和国の独立を宣言しました。やがてモーリタニアは撤退し、全土を併合したモロッコに対してサハラ人の祖国奪還と独立のための運動が今日まで続いています。(2010年11月15日放送)

*ピーター・ブッカート(Peter Bouckaert) ヒューマン・ライツ・ウォッチ。
*スティーブン・ズーヌス(Stephen Zunes) サンフランシスコ大学教授。


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 チュニジアは紀元前にはカルタゴと呼ばれ、地中海貿易で栄えました。16世紀にオスマン帝国の属州となった後、19世紀にはフランスの保護領となり、1956年にフランスから独立しました。独立後ブルギーバ大統領の政権が30年間続き、1987年以降、ベン・アリ大統領の独裁が続いていました。そのベン・アリ大統領の長期政権を崩壊させたのはクーデターではなく民衆のデモでした。
 それは1人の若者の焼身自殺がきっかけでした。市場で行商をしていた貧しい青年が、許可証がないことを理由に警官に商品を押収され、それに抗議して市役所の前で焼身自殺をしました。青年の抗議はまたたく間に共感を呼び、エジプトでも抗議の焼身自殺が続きました。(2011年1月18日放送)

*イサンドル・エル・アムラニ(Issandr El Amrani) カイロの政治アナリスト、作家、人気ブロガー(Arabist.net)。


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 アラブ世界では長期政権の硬直化が目立っています。植民地時代から続く欧米の影響力をはね返そうと1950年代に民族主義運動が台頭し、ブルギーバやナセルのような指導者が欧米勢力を追い出して人気を博しました。しかしこれらの政権も時代が下るにつれ特権集団化し、国家権力を使って私腹を肥やすようになりました。
 エジプトでは1952年の革命以来、歴代大統領はすべて元軍人で、エジプト軍を後ろ盾にしています。ムバラク大統領は空軍出身で、旧ソ連で訓練されました。でも現在のエジプト軍に多額の援助を与えているのは米国です。1978年ジミー・カーター大統領の仲介でエジプト=イスラエルの単独講和が成立して以来、エジプトは米国から毎年20億ドル以上の援助を受け取っています。米国の対外援助額としてはイスラエルに次ぎ第二位です。(2011年1月28日放送)

*フアン・コール(Juan Cole) ミシガン大学の歴史学教授。エジプトが専門。


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 2011年1月25日からエジプトで続いた民主化デモの正念場の1つに、2月2日、カイロのタハリール広場で繰り広げられた大統領支持派と市民の攻防戦があります。一夜明けたタハリール広場で、シャリフ・アブドゥル・クドゥースが市民にインタビューしました。(2011年2月4日放送)

*シャリフ・アブドゥル・クドゥース(Sharif Abdel Kouddous) カイロ出身のデモクラシー・ナウ!プロデューサー。


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 エジプトとチュニジアの民衆蜂起がパレスチナ問題や中東全体に与える影響について、中東現代史の第一人者が語ります。現代中東の地域国際体制で大きな意味を持つのが、1979年にカーター米大統領の仲介でエジプト・イスラエル間に成立したキャンプ・ デービッド合意です。この和平合意は周辺諸国のすべてを含む包括的な中東和平構想のはずでしたが、実現したのはエジプト・イスラエル間の単独講和だけでした。これによりエジプトの脅威がなくなったイスラエルはレバノンに侵略し、パレスチナ解放機構(PLO)の拠点を壊滅させました。
 以降の米国とイスラエルを軸とした和平努力という名のパレスチナの封じ込めと紛争の持続化は、エジプトの協力なしにはありえませんでした。米国の中東支配の大きな柱が崩れようとしています。(2011年2月5日放送)

*ラシード・ハーリーディ(Rashid Khalidi) コロンビア大学中東研究所所長。


6.魔人はランプから解き放たれた (18分)  対訳パンフ付き

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 バーレーン、リビア、イエメン、イランなど、中東から北アフリカに広がる大規模な民衆デモについて、アルジャジーラのビシャーラ記者とノーム・チョムスキー教授に聞きます。
 米国のメディアでは、まるでアラブの民衆が忽然と姿を現したように映りますが、独裁政権に対する民衆の不満はずっと前から存在します。米国の政治家やメディアの偏見が、怒涛のようなアラブの民主化のうねりを見えなくしてきたのです。
 そこで注目されるのが、オピニオンリーダーとしてのアルジャジーラの役割です。アルジャジーラはアラブ人が自由に発言できる開かれた議論の場を提供しました。商業メディアでは隠蔽される民衆の声をアラブ世界のすみずみから拾って報道するアルジャジーラが、国境を越えた民主化運動の広がりに大きく貢献したと考える人は多いようです。アラブ世界に福音をもたらした放送局の誕生は、奇しくもデモクラシー・ナウ!と同じ15年前でした。(2011年2月17日放送)

*マルワン・ビシャーラ(Marwan Bishara) アルジャジーラ英語放送の政治アナリスト。テレビ番組「エンパイア」の司会・編集者。 *ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky) 言語学者、活動家。


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 2011年2月15日、リビア東部のベンガジでも反政府デモが起きました。デモ隊に発砲するなど武力鎮圧に出たカダフィ政権に対し、国連安全保障理事会は3月17日、飛行禁止区域設定を盛り込んだ決議案を採択。この国連安保理決議には、住民を保護する ため「あらゆる必要な措置」を取ると書かれており、この2日後、人道的介入を名目にNATO軍がリビアに空爆を開始しました。国連のお墨付きはとったものの、NATOの軍事介入は民主化運動をゆがめ、内戦を招くのではないかと懸念されます。拙速な行動に出た欧米の意図はどこにあるのでしょうか?(2011年4月19日放送)

*フィリス・ベニス(Phyllis Bennis) 政策研究所フェロー。『国連を支配するアメリカ―超大国がつくる世界秩序』など著作多数。


8.リビア 新体制はどこにいくのか (18分) DVD限定

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 カダフィ政権の中心拠点を制圧して、リビアの反体制派は首都トリポリの掌握を確実にしました。カダフィ氏の所在はまだ不明ですが、国内外の関心はすでに新体制の構築に移っています。英国の国家安全保障会議はリビア反体制派の連合体「リビア国民評議会」を財政的に支援するため、リビア資産の凍結解除を協議しています。
 でも新体制は何をめざすのか、そもそも「リビアの反体制派」とは、いったいだれを指すのかが、実際には誰にもよくわかりません。NATOの介入で政権は倒したものの、その後の国の舵取りは困難を極めそうです。(2011年8月24日放送)

*ジルベール・アシュカル(Gilbert Achcar) ロンドン大学東洋アフリカ学院教授。The Arabs and the Holocaust: The Arab-Israeli War of Narratives(『アラブとホロコースト 物語をめぐるアラブ・イスラエル戦争』)など著書多数。