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2018年12月4日(火)

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  • ジョージ・H・W・ブッシュの死が米国のニュースメディアを数日にわたって席巻していますが、ブッシュが大統領就任後の最初の年に行ったパナマ攻という決定的な出来事についてはあまり関心が払われていません。H・W ・ブッシュは1989年12月19日、パナマの指導者マヌエル・ノリエガに出された麻薬密売罪での逮捕令状を執行するという名目で、パナマに数万人の兵士を派遣しました。ノリエガ将軍はかつて、米政府と密接な関係にあり、米中央情報局(CIA)から金を受け取って協力していました。ブッシュは全米でテレビ放送された演説の中で、パナマの民主主義を守るために侵攻が必要とされたと主張しました。米国は侵攻中、ニューヨーク市警察よりも小さい規模の軍隊しか持たないパナマに対し、極めて高度な兵器を装備した24,000人の軍隊と航空機を送り込みました。この攻撃で、およそ3000人のパナマ人が死亡しました。受賞作家でニューヨーク大学のラテンアメリカ史の教授でもあるグレッグ・グランディンにパナマ侵攻が与え続けている影響について話を聞きます。

  • 米州人権委員会(IACHR)は、ジョージ・H・W・ブッシュの1989年の違法なパナマ侵攻に対し、パナマへ賠償金を支払うよう米政府に求めました。1990年以来、パナマへの賠償金支払い実現に取り組んでいる、国際人権弁護士のホセ・ルイス・モリンに話を聞きます。彼はニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ刑事司法校の教授で、ラテンアメリカおよびラティーノ研究学部の学部長です。

  • 報道機関がジョージ・H・W・ブッシュの功績を称賛する中、イラン・コントラ事件における彼の役割を検証します。レーガン政権がレバノンのアメリカ人人質解放を確実するためイランに違法に武器を売却し、連邦議会を欺き裏をかくべく謀略をめぐらした際の副大統領はH・W・ブッシュ でした。武器の売却益はニカラグアの反政府組織「コントラ」に違法に資金供給するために使われました。 H・W・ブッシュ が大統領だった1992年、彼はキャスパー・ワインバーガー、ロバート・マクファーレーン、エリオット・アブラムスを含む、イラン・コントラ事件の何人かの被告に恩赦を与えました。受賞作家でニューヨーク大学のラテンアメリカ史の教授であるグレッグ・グランディンに話を聞きます。

  • ジョージ・H・W・ブッシュは米国の大統領でただひとり中央情報局(CIA)長官を務めた経験を持ちます。この役割が彼の経歴と政治活動を決定付けたのかもしれません。彼はかつて、この情報機関のことを「私の心臓の鼓動の一部」と表現しました。H・W・ブッシュは1976年1月から1977年1月までCIAの実権を握っていました。彼はその期間、ラテンアメリカ諸国が連携して政治的反体制派を排除した、1970年代と80年代の米国支援の「コンドル作戦」の指揮を執りました。この作戦は、アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイの軍事独裁政権と関係していました。ベストセラー作家で脚本家、詩人、活動家であり、デューク大学で教えるアリエル・ドルフマンに話を聞きます。彼は1973年、チリのサルバドール・アジェンデ大統領の首席補佐官の文化顧問を務めていました。彼は、ジョージ・H・W・ブッシュは「チリの独裁者ピノチェトが複数の強制収容所を開いたときCIAを仕切っていました。彼らは人々を拷問し、処刑し、迫害しました。そして彼らは国外でも人々を殺していました」と言います。 受賞作家 でニューヨーク大学のラテンアメリカ史の教授であるグレッグ・グランディンと、ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ刑事司法校の教授ホセ・ルイス・モリンにも話を聞きます。

  • メキシコの新大統領アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO、アムロ)は12月第1週末、数万人がメキシコの数十年ぶりの左派大統領を祝うために首都に集まり注目を浴びる中で就任しました。アムロは就任演説の中で、安全保障に取り組み、汚職と刑事免責を終わらせることを公約しました。受賞作家でニューヨーク大学のラテンアメリカ史の教授であるグレッグ・グランディンに話を聞きます。彼は次のように言います、「トランプ政権が引き起こした国境の危機は、深い構造的な根源もありますが、今後はアムロが象徴する希望と共に展開することになるでしょう。ラテンアメリカの左派は至る所で敗北を喫してきました。アムロは孤軍奮闘することになります。ブラジル、コロンビア、アルゼンチンといった主要国はすべて、右翼政府によって支配されています。」

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