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2017年7月25日(火)

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  • テキサス州サンアントニオで、灼熱した大型トラックのコンテナの中に数十人の書類を持たない移民が詰め込まれているのが発見されました。発見された移民の10人の移民が死亡、29人が病院に収容されています。最年少の犠牲者はたった15歳でした。サンアントニオのウォルマートの駐車場で、この移民たちの集団が発見されたとき、8人はすでに死亡していました。その後、さらに2人が死亡し、29人が入院中です。「南部テキサス人権センター」(South Texas Human Rights Center)の代表エディー・カナレスに話を聞きます。

  • テキサス州サンアントニオで、人身密輸の企てによって10人が死亡しました。米国の国境の取り締まりが、人身取引に貢献すると同時に中米の暴力から逃れてくる移民の死者数を増加させる一因になっている理由を検証します。ピュリッツァー賞受賞のジャーナリストで、「保護を必要とする子供たち」(Kids in Need of Defense)の役員であるソニア・ナザリオに話を聞きます。

  • 50年前の1967年7月、ニューアークとデトロイトの2つの都市で暴動が発生しました。事の発端はニューアークで1967年7月12日、2人の白人の警官がアフリカ系米国人のタクシードライバーを拘束し殴打したことでした。その直後の7月23日、デトロイトの警察がアフリカ系米国人が住む地域の深夜クラブに手入れをこなったことで、別の大規模暴動が起きました。デトロイトでは43人が死亡、ニューアークでは26人が死亡し、両都市で7000人が逮捕されました。この二つの暴動は、ニューアークとデトロイトの二つの街を大きく変え、アフリカ系米国人が政治的力をつけていく時代の幕開けとなりました。「進歩のための民衆組織」(the People's Organization for Progress )の議長ラリー・ハムと、新刊The Fifty-Year Rebellion: How the U.S. Political Crisis Began in Detroit(『暴動の50年:米国の政治危機がデトロイトで始まった過程』)の著者スコット・クラシゲに話を聞きます。

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