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2015年1月22日(木)

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  • 7年にわたる法的闘争を経て出版された、グアンタナモ湾の米収容所に収容されていた元囚人の日記が、予想外のベストセラーとなっています。モハメドゥ・ウルド・スラヒの日記には、特例拘置引き渡し、拷問、そして罪状なしで拘束された自身の経験が詳細に記されています。スラヒは12年以上同収容所で拘束されました。2010年にスラヒの釈放命令が出ましたが、現在も拘束は続いています。「独房――箱と言った方が正しいだろう――は、冷え込んだままにされ、私はほぼずっと震えていた」と彼は書きます。「日光を目にすることは許されなかった。ときどき与えられる運動時間も夜だった。他の囚人を見たり接触したりすることができないようにするためだ。文字通り恐怖の生活だった。一晩も静かに眠れた記憶がない。それから70日間に渡り、私は甘美なる眠りを貪ることは叶わなかった。尋問は24時間連続し、1日に3交代、ときには4交代で続行された。休みの日はほとんどない」。俳優のコリン・ファースとドミニク・ウエストが日記を朗読する、スラヒの事例についてのガーディアン紙の動画クリップを紹介します。3人のゲストに話を聞きます。スラヒの弁護を務めたナンシー・ホランダー、同書の編集をしたラリー・シームス、そしてグアンタナモ軍刑務所の主任軍検察官のモーリス・デイヴィス大佐です。 サラヒを「テロリストと呼ぶのは、フォレスト・ガンプをそう呼ぶのと同じくらいナンセンス」とデイビスは言います。

  • 「太平洋版グアンタナモ収容所」と呼ばれる施設で、大規模なハンガーストライキが行われています。マヌス島の勾留施設は、オーストラリア政府が出資してオーストラリアの請負業者トランスフィールド・サービス(Transfield Services)社が運営していますが、パプアニューギニアの領内に位置します。収容者は犯罪で告発されているのではなく、戦火に飲まれた国々から逃れて来た人々で、難民として認定されるまで、無期限に待たされています。難民たちは自分たちをパプアニューギニアに再定住させようとするオーストラリア連邦政府の計画を阻止するよう国連に介入を求めています。パプアニューギニアに行けば迫害される恐れがあると、彼らは申し立てています。亡命者の一部は、勾留施設の背の高い鉄条網内に立てこもっており、他にも抗議の方法は次第に過激なものになり、洗剤を飲んだり、剃刀の刃を飲み込んだり、はては自分たちの口を縫って閉じることによって訴える者も出てきています。ゲストはオーストラリアの人権弁護士ジェニファー・ロビンソンと、社会正義を題材とした映画監督で、ニューヨーク市でマヌス島収容者への連帯を表明するため徹夜の集会を組織したアレックス・ケリーです

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