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2011年10月7日(金)

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  • 2011年のノーベル平和賞はイエメンの活動家タワックル・カルマン、リベリア共和国大統領エレン・ジョンソン=サーリーフ、同じくリベリアの平和活動家リーマ・ボウイーの3人に授与されました。この3女性の受賞は「女性の安全と、平和構築の努力への完全参加の権利を求める非暴力の闘い」に対してのものです。110年におよぶノーベル平和賞の歴史の中で、女性受賞者は男性85人に対してわずか12人でした。ノルウェーのノーベル委員会トルビョルン・ヤグランド議長が今朝行った発表の模様を放送します。

  • イエメンの活動家タワックル・カルマンはインタビューの中で自分の平和賞受賞はイエメンとアラブの春のすべての民衆蜂起の勝利だと話しています。カルマンは32歳のジャーナリストでイエメンの非営利団体「鎖に繋がれない女性ジャーナリスト」の代表です。今年の政治的混乱の期間、彼女は身柄を拘束されていました。彼女はアラブ女性として初めてのノーベル平和賞受賞者で、1976年に受賞したアイルランド人活動家メイリード・コリガンを僅差でしのぎ最年少の受賞者となるはずです。イエメンの民衆蜂起をつぶさに取材してきた英国人ジャーナリスト、アイオナ・クレイグに感想を聞きます。「この平和賞の授与は実際、ある意味で彼女を守ってくれることになるはずです。いまこうしてさらに国際的により大きな注目を浴びることになり、現体制が彼女を再び拘留しようとしたら墓穴を掘ることになるでしょう」とクレイグは言います。

  • リベリア大統領エレン・ジョンソン=サーリーフには、大統領再選を目指す選挙運動の締めくくりがノーベル平和賞受賞の発表となりました。リベリア大統領選の投票日は10月11日の火曜日です。もう1人のリベリアの受賞者リーマ・ボウイーは、2003年の第二次内戦の終結をもたらした一因とされる「平和運動のための女性たち」の創設者です。この運動は2002年、戦いを終わらせようとボウイーがささやかな女性たちのグループを作り、魚市場で歌い祈ったことから始まりました。エミラ・ウッズに話を聞きましょう。彼女はリベリア出身で、ワシントンの政策学研究所の外交政策専門部(Foreign Policy In Focus)の共同部長の1人です。

  • 前大統領のジョージ・W・ブッシュがアフガニスタンへの開戦を発表したのは10年前の今日でした。この戦争は米国史上最長の戦争となり、今なお終わりが見えません。タリバンはいまもアフガニスタンの主要地域の支配権を握り続けています。和平交渉は崩壊しました。死者数は民間人軍人ともに増え続けています。この数週間だけでも和平後退の重大事がいくつも起きました。9月13日には武装勢力がカブールの米国大使館とNATO本部を襲撃しました。その1週間後にはアフガン高等和平評議会を率いていたブルハヌディン・ラバニ元大統領が暗殺され、タリバンが犯行声明を出しました。そして今週、ハミド・カルザイ大統領がタリバンとの交渉を諦めたとウォールストリート・ジャーナルが報じたのです。戦争で長期にわたり破壊された国にどんな未来があるのか考えるために、アフガニスタンにつないで「リーナ」に話を聞きます。「リーナ」は19歳の女性で、アフガニスタン女性革命的協会のメンバーです。「リーナ」は仮名で顔も隠しています。同協会のメンバー全員が安全のために実名を隠しているのです。もう一人のゲスト、独立系ジャーナリストアナンド・ゴパルです。アフガニスタンを広範囲に渡って取材報道し、アフガン戦争についての本も間もなく上梓します。

  • 今週、公民権運動は2人の偉大な先導者を喪いました。フレッド・シャトルズワース師は享年89、デリック・ベルは享年80でした。シャトルズワース師はアラバマ州バーミングハムの人種隔離政策撤廃の闘争を指揮しました。彼は、マーティン・ルーサー・キング師、ラルフ・デイビッド・アバーナシー師とともに南部キリスト教指導者会議を創設し、公民権運動の「ビッグ3」と呼ばれた3人の中で、存命していた最後の1人でした。法学者で公民権運動家のデリック・ベルは、本や記事を著し、キャリアまで投げ打って、アメリカの人種差別を浮き彫りにしようとしました。彼はハーバード法学大学院で黒人で初めて終身在職権を与えられた教授だったのですが、大学側に雇用差別があると抗議して終身職を放棄したのです。フレッド・シャトルズワースとデリック・ベルの生涯と遺産とを偲ぶために、レインボウ/PUSH連合創始者ジェシー・ジャクソン師に話を聞きます。

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