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2011年3月25日(金)

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  • 今日はニューヨーク市史上最悪の労働災害死者を出したトライアングル・シャツウエスト工場火災からちょうど100周年に当たります。この火災は米国の労働を一変させました。1911年3月25日、この工場から火が出て146人の衣料労働者が死亡しました。大半が若い移民女性でした。犠牲者たちの多くは逃げようとして非常出口が施錠されていたために飛び降りて死亡した人たちです。エイミー・グッドマンが1986年にインタビューした際、この火事を生き延びた最後の1人は「窓から飛び降りる人たちを見ました。私たちは下にまで降りたのですが外に出られなかったのです。人が降ってきていたからです」と話しています。いかなる団体交渉権も否定され、トライアングル工場の労働者たちは自分たちの工場の不十分な換気や、安全対策や火災訓練の欠如、そして施錠された出口といった最悪の環境を変えることもできませんでした。

  • 1911年のトライアングル・シャツウエスト工場火災は一般大衆の怒りを解き放ち政府に対応を余儀なくさせました。その後3年で職場環境の質に関する36本の新たな州法が可決されました。この歴史的な法整備は、ニューヨーカーたちに米国で最も包括的な職場安全法を与え、全米の規範となったのです。「この火事から、まさに1本の線がまっすぐに伸びて、ニューディール政策へ、当時の労働法改革へ、社会保障制度へ、そして産業別労働組合主義へ、1930年代の団結権へとつながるわけです」と労働史学者スティーブ・フレイザーは言います。

  • トライアングル・シャツウエスト工場火災から100年、私たちは現在の米国および世界の労働者たちの直面するいくつかの主要な苦闘について見てみましょう。最近の火災の1つで、昨年12月、バングラディシュで米国企業のために衣料製造に従事していた労働者26人が死亡しました。一方、全米の労働者たちはいま、ウィスコンシンの反組合法案が象徴するように、再び給料や手当、団結権を脅かされています。

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