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2012年7月12日(木)

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  • 12日、デモクラシー・ナウ!は、特別番組として「ダスト・ボウルの吟遊詩人」、ウディ―・ガスリーの人生、政治と音楽を取り上げます。100年前の1912年7月14日オクラホマで生まれたガスリーは、何百というフォーク・ソングを書き、ボブ・ディラン、ブルース・スプリングスティーン、ピート・シーガーやフィル・オクスなど数えきれないほどのミュージシャンに多大な影響を与えました。ガスリーはミュージシャンとしてよく知られていますが、マッカーシズムが最高期に達した時期には、労働や公民権について発言するなど、政治的活動にも深くかかわりました。

    全米でウディー・ガスリー生誕100年を祝う催しが開かれていますが、My Name Is New York: Ramblin’Around Woody Guthrie’s Town (『私の名前はニューヨーク:ウディ・ガスリーの街をそぞろ歩く』)の著者で、ウディー・ガスリーの娘のノーラ・ガスリーと、彼の孫娘のアナ・カノーニ、ミュージシャンのスティーブ・アールに番組に参加してもらいます。彼らからウディー・ガスリーの家庭生活と、1940年からハンチントン病との長い闘病を経て1967年に死ぬまで暮らしたニューヨーク時代について話を聞きます。ガスリーの妻、マジョリーは後にハンチン病の治療法を見つけるために一生を捧げ、若い医者たちを遺伝子研究に導きまた、全米ハンチントン病協会(Huntington’s Disease Society of America)の前身となる団体を立ち上げました。3度のグラミー賞受賞歴のあるアールは、ガスリーの歌2曲を演奏し、ガスリーがアールをミュージシャンとしても活動家としてもどのように刺激したのか語ります。「僕は決して音楽と政治を切り離して考えたことはありません。だから何度でもウッディーという原点に戻ることになる」とアールは言います。「僕はいまだに自分が政治的なアーチストだと思ったことはありません。ただのアーティストです。ウディーもそうだったと思いますが、政治的に緊迫した時代を生きる、アーチストだというだけです。」

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