民衆蜂起

ミシガン大学歴史学教授のフアン・コールは、チュニジア革命を1979年のイラン革命と比較し、「チュニジアで先頭に立っているのは労組やネット活動家です。世俗的な大衆蜂起です。米国の主要メディアはチュニジアを無視しました。しかし優れた情報がツィッターやフェイスブックで得られました」と言います。米国のメディアがチュニジア蜂起を無視した理由として「これは労働運動であり、米国の商業メディアは労働運動には神経質なのです」と言います。(9分)
チュニジアは紀元前にはカルタゴと呼ばれ、地中海貿易で栄えました。16世紀にオスマン帝国の属州となった後、19世紀にはフランスの保護領となり、1956年にフランスから独立しました。独立後ブルギバ大統領の政権が30年間続き、1987年以降、ベン・アリ大統領の独裁が続いていました。そのベン・アリ大統領の長期政権を崩壊させたのはクーデターではなく民衆のデモでした。(8分)
デモクラシー・ナウ!のシニアプロデューサー、カイロ出身のシャリフ・アブドゥル・クドゥースのエジプト報告第一弾です。ある市民は、治安部隊を撃退した様子をこう語りました。「催涙ガスにやられた市民が出ると、他の市民がすぐ来て警察を食い止めた。その彼らがやられると、そのまた次が後をひきうけた。市民はお互いから勇気をもらっていた」。この勝利で得た自信が、とどまることを知らない市民の抵抗のうねりを作ったようです。
26歳のエジプト人活動家、アスマ・マフフーズは2011年1月18日、1月25日にタハリール広場に集まって、ホスニ・ムバラクの“腐敗した政府”に抗議するよう人々に求めるビデオをインターネット上に投稿しました。彼女の感動的な呼びかけは、最終的にエジプトの蜂起を奮い立たせることになりました。
エジプト当局に密かに拘束されていたワエル・ゴニムが解放後、出演したテレビ番組の一部をお送りします。
著名な中東ジャーナリストが、カイロの現場から歴史的なエジプトの民衆蜂起を語ります。