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2016年11月28日(月)

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  • キューバの革命指導者で国家評議会議長(国家元首)を長期にわたって務めたフィデル・カストロが25日、90歳で死去しました。その生涯と功績についてゲストと討論します。カストロはその生涯で、米国歴代大統領11人と対峙し、600回を超す暗殺未遂に遭遇しました。暗殺の企ての多くはCIAが組織したものでした。カストロが亡くなった11月25日は、カストロが1956年、弟のラウルとチェ・ゲバラ、ほかの80人の同志とともにメキシコからキューバに出航し、キューバ革命を起こすことになった日からちょうど60年目に当たる日でした。革命によって、米国を後ろ盾としたキューバの独裁者フルヘンシオ・バティスタは追放されました。キューバ革命は革命運動を世界中で喚起し、カストロは米国の最大の敵の一人となりました。ゲストとして加わるのは、ジャーナリストで活動家、「黒人急進会議」(Black Radical Congress)創設者のビル・フレッチャー、「キューバ・ドキュメンテーション・プロジェクト」(Cuba Documentation Project)の代表でBack Channel to Cuba: The Hidden History of Negotiations Between Washington and Havana(『キューバへの裏口─ワシントン=ハバナ交渉秘史』)共著者のピーター・コーンブルー、ノースカロライナ大学チャペルヒル校歴史学教授でCuba: Between Reform and Revolution(『キューバ:改革と革命の狭間で』)など複数の著書のあるルイス・A・ペレス・ジュニアです。

  • 長期にわたってキューバの国家評議会議長(国家元首)を務めたフィデル・カストロは、米国に立ち向かい、世界中のマルクス主義ゲリラや革命政府を支援した英雄として、途上国の間では高く評価されています。1970年代には、アンゴラの左派政権を助けるため、当初のソ連の反対を押し切って、キューバ軍をアンゴラに派遣しました。南アフリカが仕掛けたアンゴラの反乱勢力は、キューバの助けによって打ち負かされました。1990年にはナミビアの南アフリカからの独立を助け、アパルトヘイト体制の南アフリカに対する圧力を高めました。南アフリカの反アパルトヘイト運動の指導者ネルソン・マンデラは、1990年に刑務所から釈放された後、カストロへの感謝を繰り返し語っていました。アンゴラと南アフリカにおけるキューバの働きについて、カストロが話す映像をお送りします。ネルソン・マンデラが、カストロと初めて会った時の映像もあります。「黒人急進会議」(Black Radical Congress)創設者ビル・フレッチャー、「キューバ・ドキュメンテーション・プロジェクト」(Cuba Documentation Project)代表でBack Channel to Cuba: The Hidden History of Negotiations Between Washington and Havana(『キューバへの裏口──ワシントン=ハバナ交渉秘史』)の共著者ピーター・コーンブルーに話を聞きます。

    ☆このセグメントは学生字幕翻訳コンテスト2017の課題動画です。

  • キューバ国家評議会議長(国家元首)を長期にわたって務めたフィデル・カストロの生涯と功績を振り返り、キューバの革命の理想がラテンアメリカの各地にいかに広まったかに目を向けます。ノースカロライナ大学チャペルヒル校歴史学教授のルイ・ロペスは、「ピッグス湾事件での侵略者の失敗は、米州における帝国主義に対する初めての勝利として人々の歓呼を受けました」と指摘します。「勝利は、ラテンアメリカ中に鳴り響きました。そして何よりも、人々が決意し、決意した指導者を持ち、侵略に抗うことができれば、勝利は確かに可能なのだということを人々に示しました」

  • 次期大統領に選ばれたドナルド・トランプは、米国とキューバとの関係緩和を非難してきました。フィデル・カストロ死去のニュースが伝わると、「60年近くにわたって自国の人々を抑圧した残虐な独裁者だ」とカストロを批判しました。さらに、次期政権の新たな要求が満たされないと彼が判断した時は外交関係から撤退すると明言しています。Back Channel to Cuba: The Hidden History of Negotiations Between Washington and Havana(『キューバへの裏口─ワシントン=ハバナ交渉秘史』)共著者のピーター・コーンブルーに話を聞きます。

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