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2015年12月1日(火)

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  • ローマ教皇フランシスは、気候変動にもっと意欲的に取り組まなければ、世界は自滅の方向に向かうだろうと警告しました。彼のメッセージは、二酸化炭素排出量の自発的削減目標を各国が最終的に確定する国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)のためにパリに集まった約150カ国の首脳に向けられました。フランスとインドは11月30日、世界で最も貧しい人々に太陽エネルギーを供給する国際同盟を立ち上げました。とはいえインドは引き続き石炭発電を大々的に促進します。インドは、2020年まで毎月1カ所の石炭発電所を新設し、石炭生産を今の2倍にする計画です。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は、世界の富裕国に対し、発展途上国が気候変動に適応することを助けるよう求めました。一方、北京のスモッグは世界保健機関(WHO)が定めた安全基準の35倍以上まで上昇し、中国は数千の工場に対し一時的な閉鎖を命じました。

  • パリの国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)の初日の演説で最も情熱的なものの1つは、マーシャル諸島のクリストファー・ロヤック大統領の演説でした。マーシャル諸島の数千人の住人はすでに、この太平洋の島嶼国から避難し、海面上昇による気候変動難民と化しています。ロヤックは世界の首脳陣に化石燃料時代の終焉を求めました。「我々にとって、COP21は歴史上の転機にならなければなりません」と、ロヤックは言います。「そして我々に希望をもたらすものでなければなりません」。

  • 地球温暖化の国連合意を成立させるために各国首脳がパリに集まる中、かつて同じ会議で交渉の席についていた人物が会議場の外に来ています。ボリビアの気候変動交渉の元代表で、国連大使もつとめていたパブロ・ソロンに話を聞きます。「かつての目標は、我々は気温の上昇を2℃以内に収めなくてはならないということでした」と、ソロンは当時の気候変動会議が合意できなかった対策の試みについて述べ、「今では、4℃あるいは5℃の気温上昇の可能性が議論されているが、これは言い換えれば、地球を焼き焦がすことです」。

  • フィリピンの気候変動交渉の元代表イェブ・サノは、気候変動のための「人々の巡礼」(People’s Pilgrimage)の一貫として、ローマからパリまで900マイル(約1448キロ)以上を歩きました。彼は、史上最大級の温帯性低気圧、台風ハイヤンがフィリピンを直撃し数千人の死者を出した2013年に、同国の代表として気候変動会議に出席しました。この自然災害は、ポーランドのワルシャワで行われた2013年の国連気候変動会議と同時期に発生し、サノは気候変動への取り組みを涙ながらに訴えて大きく報道されました。翌2014年も再びフィリピンは別の破壊的な嵐に襲われ、サノはペルーのリマで開催された国連気候変動会議を突然欠席しました。彼は直前になって代表団から外されたため、米国のような富裕国から圧力がかかる中で、彼の率直に発言する態度が疎まれたのではないかと憶測を呼びました。2015年の会議には、サノは国の交渉担当官としてではなく、世界中の数千人の人々と共に気候対策を訴えて断食する活動家として戻ってきました。

  • フィリピンの元気候変動交渉代表イェブ・サノの兄弟A・G・サノは、2013年に台風ハイエンに襲われ壊滅的な被害を受けたフィリピンのタクロバン市に住んでいました。ストリート・アーティストのA・G・サノには、厳重警戒の国連気候変動会議の会場に入り込むための資格証明がありませんが、その代わりデモクラシーナウが会場の外で彼にインタビューしました。「わたしたちは壁画で、世界中から徒歩でパリに向かう巡礼たちの姿を描きました」。彼が話しているのは気候変動会議に向けた900マイル(約1500キロ)の旅のことです。「壁画の一枚一枚に神秘的な象徴が登場します。たとえば、親切な妖精が自然を眺めているところ、あるいは母なる自然そのものが世界を眺めているところとか。それらに見守られて、地上の巡礼たちがエッフェル塔を目指して徒歩で進んでいくのです。壁画が伝えるメッセージは、わたしたちは進んで世界中を旅する覚悟だということです。わたしたちは気候変動の破滅的な被害を受けているフィリピン人です。わたしたちは世界中を歩き回り、生まれてこの方みたこともない雪の中をくぐってでもも、このメッセージを伝えていきます」。

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