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2014年9月30日(火)

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  • 香港では、何万人もの抗議者らが中国からのより広範な自由を要求して警察の弾圧に抵抗しており、過去数十年間で最大の政情不安に直面しています。9月第4週、2017年の自由選挙を中国が拒否したことに抗議して数千人の大学生らがボイコットを始めたことで抗議行動は新局面を迎えました。抗議者らは開かれた選挙を求めていますが、中国の計画では北京で承認された候補者だけを認める予定です。3日間の座り込みの後、警察は催涙ガスと催涙スプレーを使って群集を解散させました。しかし、それは結局、民衆の抗議を煽るだけになり、街頭にはさらに多くの人々が繰り出し、その数は20万人に達すると見られています。抗議行動の指導者らは、香港の梁振英行政長官が辞任し、彼の後任の自由選挙が認められるまで抗議を続けると宣言しました。最初「中環占拠」(Occupy Central)という団体によって組織された抗議行動は、催涙ガスを避けるために抗議者らが傘を使っていることから「傘の革命」(Umbrella Revolution)と呼ばれています。今回の警察の弾圧は、150年間の英国統治から1997年に中国が香港の支配権を取り戻して以来、最も厳しいものです。弾圧は中国本土にも及び、政府はモバイルの写真共有アプリ、インスタグラムをブロックし、ソーシャルメディアにおける香港に関する言及を厳しく検閲しています。抗議行動を取材しているジャーナリストのトム・ガンディに香港から話を聞きます。

  • アフガニスタンでは十年数年ぶりに新しい大統領が就任、アシュラフ・ガニが連立政権のトップとして宣誓をおこないました。9月29日の就任式の壇上には、アフガニスタンの新しい副大統領アブドゥル・ラシッド・ドスタムも参加しました。ドスタムはアフガニスタンで最も悪名高い将軍の一人で、かつてガニは彼を「よく知られた殺人者」と表現していました。ドスタムは2000人のタリバンの戦争捕虜を殺害した2001年の大量虐殺に関与したにもかかわらず、副大統領の座に上りつきました。犠牲者たちは、ドスタムと米国支援の北部同盟に降伏した後で、射殺あるいは密封された金属製のトラックのコンテナーの中で窒息死させられたと言われています。一部は拷問を受けて死亡した捕虜たちは、アフガニスタン北部の砂漠に埋められました。CIAから金銭を受け取っていたドスタムは、大量虐殺を画策し、大量殺人の証拠を改ざんしたことで大きく非難されてきました。複数の人権団体は十年以上にわたって、米国の特殊部隊とCIAの諜報員らの役割を含む大量虐殺に関する徹底調査を米国に対して求めてきました。2002年のドキュメンタリーAfghan Massacre: The Convoy of Death(『アフガン虐殺:死の部隊』)の監督であるジャミー・ドランと、タリバンの戦争捕虜たちの大量の墓地を発見した団体「人権のための医師団」(Physicians for Human Rights)の国際政策部長であるスザンナ・サーキンから話を聞きます。
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