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2013年9月10日(火)

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  • オバマ大統領は、シリアへの軍事攻撃に対する議会の承認を後押しするため米国民に向けて演説する予定ですが、一方でアサド政権はシリアが保有する化学兵器を国際管理下におくというロシアの提案を受け入れました。こうした動きは米国の攻撃を止め、シリアの危機に外交的解決への一歩をもたらすことになるでしょうか? シリア内戦をどう解決するかについて、シリア全土の活動家らのネットワークである「シリア地域調整委員会」(Syrian Local Coordination Committees)のラフィフ・ジュエジャーティと、レバノンを拠点とする人権活動家でレバノンのバラマンド大学の教授であるラニア・マスリの討論をお届けします。

  • 2013年9月11日は、「もう一つの9・11」 と呼ばれるチリでのクーデターから40周年に当たります。1973年9月11日、チリではアウグスト・ピノチェト将軍が米国支援の軍事クーデターで、民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ大統領から政権を奪い取りました。その後17年間続いたピノチェトの独裁政治で、およそ3000人以上が殺害されたと推定されています。ピノチェトは1998年、スペインのバルタサール・ガルソン判事によって出された逮捕状によって、拷問と大量虐殺の罪でロンドンで逮捕されました。ピノチェトの逮捕に大きく貢献したのが、本日のゲストであるスペインのフアン・ガルセス判事でした。ガルセスはアジェンデの個人顧問として、クーデター当日もアジェンデと一緒でした。アジェンデは公邸が爆破される前にガルセスを出口まで見送り、彼が見たことを世界に伝えるよう話しました。ガルセスはその後、ピノチェトの逮捕とその裁判への取り組みを主導しました。

  • チリのサルバドール・アジェンデ政権を倒したクーデターから40周年の話題を続けます。リチャード・ニクソン元米大統領と彼の国家安全保障顧問を務めたヘンリー・キッシンジャーの主導のもと、このクーデターで米国が果たした重要な役割について見ていきます。ゲストのピーター・コーンブルーは、チリのクーデターにおける米中央情報局(CIA)と米政府の役割を明らかにした2万件以上の機密文書を公開する取り組みの先頭に立った人物です。 彼は、ニクソンとキッシンジャーがチリ軍によるアジェンデ失脚を支援し、その後、ピノチェトの統治を強固にするために軍が残虐行為を犯す過程で、いかに決定的な支援を提供したかを説明します。コーンブルーは、最近改定版が出版されたThe Pinochet File: A Declassified Dossier on Atrocity and Accountability(『ザ・ピノチェト・ファイル:残虐行為と説明責任に関する公開された調査報告』)の著者で、アメリカ国家安全保障アーカイブのチリ文書プロジェクトのディレクターです。1970年CIAの計画の次長は極秘メモにこう記しました。「アジェンデがクーデターによって追放されることは、(米国の)確固とした継続的な方針である。こうした活動が密かに、そして安全に遂行されることは必要不可欠であり、そうすればUSG(米政府)と米国の支援はうまく隠される」。同じ年に、ニクソン大統領はCIAに対し、チリの「経済を逼迫させ」、「アジェンデが勢力を得ることを妨害、あるいは彼を追放する」ことを指示しました。アジェンデ元大統領の個人顧問だったフアン・ガルセスからも話を聞きます。ガルセスはその後、クーデターを起こしたアウグスト・ピノチェト将軍を逮捕し起訴することに成功しました。

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