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2013年4月16日(火)

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  • 4月15日のボストン・マラソンの爆破事件で、3人が死亡、少なくとも144人が負傷、うち17人が重体です。2回の爆発は13秒の間隔をあけて、この歴史あるレースのゴールライン近くの100ヤード(約90メートル)離れた2つの場所で起こりました。多くの被害者が爆弾自体の破片、または爆発によって生じた破片による負傷を受け、少なくとも10件の切断手術が行なわれたと報じられています。今回の爆発は、1995年のオクラホマシティの攻撃以来、米国で起きた最悪のものです。今のところ誰も逮捕されておらず、犯行声明も出ていません。

  • 平和活動家のカルロス・アレドンドは、“帽子の男”として知られるようなりました。ボストン・マラソンの爆破の直後、車椅子に乗った血だらけの被害者の切断された動脈を押さえている、カウボーイハットをかぶった彼の映像が広く伝えられ、多くの媒体でヒーローとして報じられたからです。アレドンドにとって悲劇はこれが初めてではありません。彼は、自分の息子で海軍上等兵のアレクサンダー・アレドンドが2004年にイラクで死亡して以来、イラク戦争反対の主要人物として活動してきました。もう一人の息子ブライアンは2011年に自殺しました。カルロスと彼の妻メリダから、ボストン・マラソンの爆破と、被害者を助けるために即座に取った対応について話を聞きます。

  • ボストン・マラソンの爆破事件後、ボストンの医師は、爆発の被害者に対し少なくとも10件の切断手術を行ったと報じられています。「マサチューセッツ総合病院」(Massachusetts General Hospital)の外傷外科医は、多くの患者は爆弾自体の破片、あるいは爆発によって生じた破片により負傷したと言っています。2人のゲストとともに事件の報道を続けます。一人は「ベス・イスラエル・ディーコネス医療センター」(Beth Israel Deaconess Medical Center)の医師で、4月15日の爆発の被害者を治療したマイゲル・ギブソンで、彼の息子もこのマラソンに参加していました。もう一人は、ボストンを拠点に活動するレポーターで、Esquire.comの政治ブログのライターであるチャールズ・ピアスです。

  • ネイション誌のスポーツ編集者デイブ・ザイリンから、ボストン・マラソンの爆破と同レースの歴史的意義について話を聞きます。「まず第一に、今日苦しんでいるボストン、バクダッド、モガディシュの人々のために祈りましょう」とザイリンは言います。「第二に、ボストン・マラソンに対する攻撃は、実際はボストンへの攻撃でも米国への攻撃でもなく、世界に対する攻撃だということを人々は理解するべきだと思います」。

  • ボストン・マラソンで2回の爆破が起きましたが、人口の密集したソマリアの首都モガディシュで最近起きた爆破事件ではより大きな被害が出ています。4月14日、自動車爆弾と自爆攻撃者によって、裁判複合施設の外で16人が死亡し、さらにその数時間後に別の自動車爆弾が爆発し、複数のトルコ人が死亡しました。ソマリアはボストンと違い、現場に高度な訓練を受けた救急隊員がいたわけではなく、被害者を治療する一流の病院もありません。ソマリア政府が崩壊した1991年以来、救援団体は同国を去り、暴力のために日常生活が遮断される状況が続いています。そんな中、暴力と貧困と病気に打ちのめされた最悪の状況にある人々を世話することを人生の使命とした、一人のソマリア人女性医師がいます。ハワ・アブディ医師は、“ソマリアのマザー・テレサ”として知られています。彼女の新著Keeping Hope Alive: One Woman—90,000 Lives Changed(『希望を持ち続けて:一人の女性が9万人の人生を変えた』)の中で、アブディ医師は、内戦で引き裂かれた首都モガディシュのすぐ外に国内難民のための病院、学校、避難所を設立した理由を説明しています。何万人ものソマリア難民が、現在もそこで暮らしています。ソマリアで数少ない女性医師の一人として直面した困難や、武装勢力によって誘拐された恐ろしい体験についてアブディ医師に話を聞きます。アブディ医師の娘、デゴ・モハメド医師からも参加します。

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