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2012年4月13日(金)

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  • ウォール街占拠運動の抗議者たちが再び野営を開始しました。今回はマンハッタン南部にある証券取引所から通りを隔てた場所です。ここ4日にわたり数十人の活動家たちが野外で寝泊まりし、5月1日のメイデーに予定される重要行動に備えています。ウォール街占拠運動が金融街に野営地を築くのは、5カ月前にニューヨーク市警がズコッティ公園の野営を強制排除して以来これが初めてです。「ここがウォール街です。ここがみんなにとって、世界中に経済不正をふりまく問題の根源が存在する場所なんです」と抗議運動を続けるジョージ・マチャドは言います。「だからいま私たちはそれに真正面から立ち向かい、包み隠さず声高に異議を唱えているんです」

  • 50年前に民主的社会のための学生連盟(SDS)の設立文書「ポートヒューロン宣言」を起草した中心人物 トム・ヘイドンに話を聞きます。この宣言は参加型の民主主義を提唱し、1960年代の学生運動の始まりに寄与しました。この2500語の文章はブックレットとして出版され数万部が発行されました。「あれはきっと当時の機運をとらえたもので、それこそ“風に吹かれて”空気中に漂っていたものなんでしょう。私たちは同世代の重要課題を文章化したかったのです」とヘイドンは言います。この若者主導の運動はまさに政治の言語を変えました。その影響はいまもなお残っています。「思うに、占拠の論理とは、もしとても重要な火急の問題について自分に発言力がないと感じ、そして既成の社会制度に期待を裏切られたら、自分の声を届ける唯一の道は彼らの場所を占拠して注意を引くことだ、というものです」とヘイドンは言います。「この理屈はずっと昔に遡り、1930年代の工場占拠の時代にまでたどれます……ウォールストリート占拠の運動はその最新局面にすぎないのです」

  • アリゾナ州トゥーソンの学校区で禁止されたメキシコ系アメリカ人研究プログラムの主任ショーン・アルチェが11日夜、数十人の支援者の抗議の声を尻目に解任されました。トゥーソンのメキシコ系アメリカ人研究プログラムは、公立学校が民族研究の科目を教えることを禁ずる州法案の通過後に攻撃の的になっていました。アルチェは、自分が解雇されたのは、自分がメキシコ系アメリカ人やラティノたちを狙い撃ちする差別的な法律と思うものに反対の声をあげたからだと主張しています。「他の多くの人と同様、私はこの法律が違憲であると考え、立ち上がったのです」とアルチェは言います。「私たちが立ち上がったからこそ、学校区は仕返しをしてきたのです」

  • ミシガン州のチャータースクールの8年生の教諭が、自分の生徒たちがトレイボン・マーティンの両親のための募金を始めるのを手伝って解雇されました。ポンティアック・アカデミー・フォー・エクセレンスという学校のブルック・ハリス教諭と生徒たちは、フーディーと呼ばれるフード付きパーカーを着て登校する者がおのおの1ドルを寄付するという募金企画を立てました。トレイボン・マーティンはフーディーを着ていて射殺されたからです。ハリスは募金活動の許可を取っていましたが、彼女の上司は計画に反対でした。ハリスは最初に停職処分を受け、その後なんの説明もなく解雇されました。「生徒たちは授業をボイコットしたり、実際にフードを頭に被ろうとしたわけではありません。制服じゃなく普段着で登校するため1ドル払い、そのおカネを必要としていると思われる他の人に寄付したかっただけなんです」とハリスは言います。「私にどんな落ち度があったのか具体的に教えてほしい。そうすれば、なにが間違いとされたのかを知り、それを二度と繰り返さないようにすることもできたのですから」

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