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2011年10月10日(月)

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  • エジプトで9日、軍がキリスト教の一派コプト教徒の大規模なデモを攻撃し、少なくとも24人が死亡しました。攻撃は、前週アスワン地方にある教会が攻撃されたことへの抗議がカイロで行われた後に勃発しました。デモクラシー・ナウ!のシャリフ・アブドゥル・クドゥース記者はカイロにおり、殺害を目撃しました。「軍が攻撃を開始しました。それから軍は突進して前進してきて、自分たちの進路にいる人々を次々に殴打していきました。その後に発砲を始め、銃声が周囲に響き渡りました」とクドゥースは語りました。「現場はカイロで革命が起こった時以来なかったくらい混乱しており、血の海となっていました。そして軍部による今回の行動は、エジプトの今後に対して悲観的な印象を与えています」

  • ニューヨーク市の「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」野営デモに触発された抗議行動が、週末も全米各地に拡大し、フィラデルフィア、アトランタ、シカゴ、シンシナティ、インディアナポリス、サンフランシスコ、オークランドなどで抗議デモが行われました。各地の抗議デモで人々が拘束されました。デモインのアイオワ州議会議事堂前で日中に行われた抗議デモには約500人が集まり、デモ隊は議会施設を「ピープルズ・パーク(民衆公園)」と名付け、公園で一夜を過ごしたデモ参加者32人が警察に拘束されました。また8日には、ワシントンD.Cにあるスミソニアン航空宇宙博物館で、無人機の展示に抗議した100人以上のデモ隊に警備員がトウガラシスプレーを使用した後、博物館は閉鎖されました。その後、保守系言論誌アメリカン・スペクテータ—編集補佐が、抗議グループに潜入し、警備員にトウガラシスプレーを使うようけしかけたとネットで述べました。一方ニューヨーク市では、数千人のデモ隊が、野営が4週間目に突入した金融街の拠点から、グリニッジビレッジのワシントンスクエアパークまで行進しました。スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクは9日、ズコッティ広場でデモ参加者たちを前に演説。「彼らはあなたたちそしてわれわれを夢想家だと言うだろう。本当の夢想家とは、いつまでも変わらないまま物事が続くと信じている人たちのことだ。われわれは夢想家ではない」とジジェクは語りました。「私たちは、悪夢になり始めた夢から覚めた者たちだ。私たちは何も破壊していない。システムが自らを破壊する様子を目撃しているだけだ」

  • ニューヨーク市から始まった抗議運動「ウォール街を占拠せよ」を契機に、全米各地に「占拠」運動が拡大する中、この運動の歴史的な意義を検討しました。コロンビア大学のドリアン・ウォーレンは「今回の運動は米国の歴史上非常に重要な意味を持っています。ターニングポイントとなるかもしれません。というのも、1930年代以降、左翼の民衆運動というのは存在しなかったのです」と語ります。またファイアードッグレイクのブロガーで、シカゴ、フィラデルフィア、ワシントンD.Cでの占拠運動を取材しているケヴィン・ゴストーラに話を聞きました。

  • 10年前に戦争が開始されてから、米軍兵士1800人近くがアフガニスタンで死亡しました。この戦争は、米国史上で最も期間の長い戦争です。米軍兵士の2001年10月から10年12月までの死者数1446人について、死亡記事欄と追悼欄をもとに分析する新たな報告書が発表されました。論文「アフガニスタンでの米軍死者、および彼ら陸海空軍と海兵隊の兵士たちの出身コミュニティー」の主筆者に話を聞きました。マイケル・ツヴァイクは経済学専門家でニューヨーク州立大学のCenter for Study of Working Class Life(労働者階級生活研究所)のディレクターです。「米国では人口の62%が労働者階級に属します。しかし死者では、78%が労働者階級でした」

  • イエメンの活動家でジャーナリストのタワックル・カルマンは、7日に発表された2011年ノーベル平和賞受賞者の一人です。カルマンは2010年9月にブレヒトフォーラムで、いわゆる「テロとの戦争」によってもたらされた国家の暴力、暗殺、人権侵害について語りました。その場にはデモクラシー・ナウ!もいました。きょうは彼女の演説の一部をお届けします。カルマンは、米国がイエメン政府による反対派弾圧に加担することで、「自由世界のリーダーから、圧制者の番犬に成り下がった」と発言しています。

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