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2010年7月12日(月)

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  • 30万人以上が死亡した世界最悪の自然災害から6ヶ月が過ぎましたが、ハイチは今も荒れ果てています。数千人の遺体がいまだにがれきの下敷きになっています。ハイチ首都ポルトープランスで、地震で200人が死亡し、今はがれきとなったモンタナホテルの外で、ハイチの民主化運動に長年携わってきたパトリック・エリ元公安相に話を聞きました。「われわれは自力でやっていくことができる。われわれは、われわれが向かいたい場所のヴィジョンを持っている。だから、友人は必要ですが、われわれに代わって考えたり同情したりする人々は必要ではないのです。支援活動の成果が上がらないのは、おそらく一部にはこういった態度の問題があるのでしょう」と、エリは語りました
  • 「人々は、ほかの家屋とひしめきあいながら、峡谷や歩道で暮らしています」と、活動家グループ「アザーワールド」のビバリー・ベルは語ります。「彼らは手当たり次第の仮設資材で住居を建てており、その大半は4本の棒とベットシーツだけでつくられています」と述べます。またベルは、ハイチへの国際再建計画が、4つの新しい自由経済区の設立を中心に展開している点についても触れ、こういった地区がハイチのスウェットショップ工場(労働搾取工場)を増加させることになると語りました。
  • ハイチに数百ある国内避難民キャンプの1つ、キャンプ・コライルを訪問し、避難生活を送るロメイン・アリウスとフェネル・ドメルカントに話を聞きました。2人は、キャンプに暮らす1300家族の手元にまで届く援助が非常に少ないと語りました。また、キャンプでの生活は3か月で終わると説明されていたのですが、その期限がとっくに過ぎ、避難民らは今も永住できる住宅を待ち続けています。
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