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ベトナム

『ケイトンズビル事件の9人』 演劇でみるベトナム反戦運動

ベトナム反戦運動の歴史に残るもうひとつの行動は「ケイトンズビル事件」です。カトリック系の平和主義者たちが、牢獄行きを覚悟で反戦を訴えた市民的不服従のお手本のような事件です。 1968年5月17日、ダニエル・ベリガン神父と弟の故フィリップ・ベリガン神父をはじめとするカトリックの平和運動家 9人が、メリーランド州ケイトンズビルにある徴兵委員会のオフィスに侵入し、ベトナムに派兵される予定の若者たちの徴兵ファイルを外に持ち出して、手製のナパーム弾で焼き払いました。

"アメリカでいちばん危険な男"    D・エルズバーグとペンタゴン文書

ベトナム反戦運動のハイライトとなった歴史的事件を二つ特集しました。ペンタゴン・ペーパーズの暴露については、すでに一度紹介しましたが、今回はその中心人物ダニエル・エルズバーグを取り上げます。ランド研究所のトップアナリストが、政府に背き終身刑を覚悟で内部告発をした動機はなんだったのでしょうか?

ベトナム戦争の総指揮者ロバート・マクナマラ

2009年7月6日、ロバート・マクナマラが933歳で死去しました。1960年代にケネディとジョンソンの民主党政権で国防長官をつとめ、ベトナム戦争の遂行に中心的な役割を果たしました。フォード社の社長に就任したばかりのところを引き抜かれて政権入りしたマクナマラは、「ベスト&ブライテスト」と呼ばれたケネディ政権のエリート集団、超優秀で自信に満ちた高官の典型でした。後年に発表したメモワールの中で、ベトナム戦争を拡大し泥沼化させたことは誤りであったと述べ、自らの責任を率直に認めたとして話題になりました。しかし、それは本当に十分な反省だったと言えるのでしょうか?

チョムスキー・ジン異例の共同インタビュー 市民的不服従の勧め

ボストン発のデモクラシー・ナウ!の特別配信の第二弾です。アメリカ独立戦争が始まったレキシントンの戦いを記念して、マサチューセッツ州では4月16日が「愛国記念日」という祝日です。この日、ボストンに住む反戦運動の大御所ノーム・チョムスキーとハワード・ジンが、ふたりそろってインタビューに応じるという豪華な企画が実現しました。2日目(17日)の放送では、大学における言論弾圧の問題から発展して、国家が誤っているときには、その命令に従わない権利があるという「市民的不服従」の考え方をいま一度、心にたたむべきだとハワード・ジンが強く勧めます。

ベトナムの「ソンミ虐殺」事件から40年

ベトナム戦争時、米軍が南ベトナムのソンミ村で住民500人以上を虐殺した事件(米国では「ミ・ライの虐殺」と呼ばれています)から今年の3月16日で40周年を迎えました。イラク戦争で米軍が行っている住民への攻撃や虐待、軍規の乱れが問題化している今、ベトナム戦争の頃を振り返って見ることは、ブッシュ政権の戦争で何が変わったのか、変わっていないのかを考える一助になります。この虐殺事件とその後の軍による事件の隠蔽工作を暴露する記事を1969年11月に発表してセンセーションを巻き起こし、ピュリツァー賞を受賞したセイモア・ハーシュ記者から、当時の話を聞きます。

ベトナム代表団 いまも続く枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」の被害で米化学企業を提訴へ

 米国はベトナム戦争で7千万リットル近くの枯葉剤を空中散布しました。ベトナム政府によれば、この薬剤のせいで300万人以上の人々が障害を負うことになったと言います。 2007年6月に、ベトナム戦争後初めて、ベトナムの国家主席がホワイトハウスを訪問し、時を同じくして、枯葉剤の被害者の代表団も訪米しました。代表団は、ダウケミカル社やモンサント社など40社近くの企業を、有害物質の製造・販売のかどで告訴する手続きを進めているときでした。 ベトナム人2人と原告団弁護士たちに、ダイオキシンの毒が彼らの生活に及ぼしている影響や、この毒剤を製造した40近いアメリカの化学薬品会社を訴える背景について聞きます。 (18分)

チョムスキーとジン異例の共同インタビュー ベトナムからイラクへ

ボストン発のデモクラシー・ナウ!の特別配信です。アメリカの独立戦争が始まったレキシントンの戦いを記念して、マサチューセッツ州では4月16日が「愛国記念日」という祝日です。この日、ボストンに住む反戦運動の大御所ノーム・チョムスキーとハワード・ジンが、ふたりそろってインタビューに応じるという豪華な場面が実現しました。二日間に分けて放送された共同インタビューの第一弾では、ベトナム戦争とイラク戦争の相似点、イスラエル=パレスチナ問題について、長年アメリカの市民運動にかかわり続けた二人ならではの、重みのある発言が聞けます。圧巻はやはりベトナム戦争の体験です。番組中に語られるように、二人とも戦争当時ベトナムやインドシナを実際に訪れたことがあり、そこで目撃したものに大きな衝撃を受け、著作にも残しました。(前半37分 後半16分)

ペンタゴン・ペーパーズ(ベトナム機密文書)を世に出した3人の男たち

「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、ベトナム戦争に関するアメリカ政府の政策決定の歴史を第二次大戦直後からたどって分析した、7000ページにわたる国防総省の最高機密文書の俗称です。そこには合衆国政府が、不拡大を約束しながら、じつは北ベトナムやラオス爆撃やなどを行なって故意に戦線を拡大したことなど、歴代政権が国民を欺いて「泥沼」の戦争に引きずり込んだことが如実に記されています。この最高機密文書の一部が1971年6月13日に『ニューヨーク・タイムズ』にすっぱ抜かれました。ニクソン政権は出版差止め命令を出しましたが、それを違憲とする最高裁の判定が下るという劇的な展開をたどったのは有名です。このときは、諜報活動取締法や国家反逆罪などをふりかざす政府の脅しにもかかわらず、『ワシントン・ポスト』など他紙も続々と同「文書」の公表に踏み切り、マスコミが政府に反逆するという前代未聞の事態が起こりました。 (前半17分)