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アルカイダ
イラクで拷問を採用したことが何千もの米兵を死に追いやった
2年前イラクで尋問チームを指揮していた元米軍特殊諜報活動員が仮名の下に、米軍がイラクで行なった拷問による尋問の効果を疑問視する本を出しました。安全上の理由からマシュー・アレグザンダーのペンネームを用いるこの人物は、イラクで自分が指揮したチームは拷問を用いる代わりに、正統的な心理戦術による尋問方法によってずっと大きな成果を上げたと主張します。なかでも最大の功績はアル=ザルカウィをしとめたことだと彼は言います。
スティーブ・コルの新著『ビンラディン 或るアラブの一族と米国の世紀』
イエメン出身の移民で極貧から身を起し、サウジアラビア有数の富豪となった父モハメッドの、17番目の息子として生れたオサマ・ビンラディンは、生家と母の再婚先の二つの過程を往復して育ち、中学時代にはイスラム主義革命組織であるムスリム同胞団に加入。その後1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻すると難民支援と対ソ抵抗運動に志願し、聖戦指導者として頭角を表しますが、第1次湾岸戦争で米軍がサウジアラビアに進駐すると、聖地の守護者であるべき王家の腐敗を批判して国外追放同然となり、スーダンを経てアフガニスタンに舞い戻ります。ケニアとタンザニアの米国大使館爆破や米駆逐艦コール襲撃にも関わったとされますが、2001年の9.11事件で一躍世界中の注目を浴びました。
パキスタン軍 北西部国境地帯でタリバン掃討作戦 D・バーサミアン
2008年6月末パキスタン軍は、タリバンが潜伏しているといわれる北西部アフガニスタン国境沿いの部族地域カイバル管区に侵攻し、掃討作戦を開始しました。政府軍が部族地域の武装勢力に対して大規模な攻撃をするのは初めてのことです。これはまた、3月に発足したザルダリ新政権の初めての軍事作戦でした。この攻撃は、米国のバウチャー国務次官補がパキスタンを訪問中のできごとでした。バウチャー次官補はパキスタン政府に掃討作戦を命じるために訪問したのだと、最近パキスタンを訪問したジャーナリストのデビッド・バーサミアンは言います。












